β線計測


β線はベータ崩壊に伴って放射性核種の原子核から放出される電子です。β線として放出される電子は空気中なら数十センチメートルないし数メートル飛ぶことが出来ます。しかし、一センチメートルの厚さのアルミ板あるいはプラスチック板を貫通することは出来ません。
β線を測定するために試料はガス(炭酸ガス、メタン、アセチレンなど)または液体(ベンゼンなど)にします。この年代測定法を開発しノーベル賞をとったリビー(Libby)は炭素を固体にして測定しましたが、測定効率が大変に低いので1950年代半ばにはガスにする手法に変わったようです。
固体の炭素、ガス試料はGM管(ガイガー・ミュラー管)ではかりますが。一方、液体試料の場合は液体シンチレーションカウンターを使います。放射線があたると発光する物質を溶かし込んだ液体の中に液体試料を混入して、発光の量を計ります。



陸奥鉄の話し  炭素の放射能の測定に際しては、周囲から来る環境放射能をいかに低く押さえるかが問題になります。そのために測定器の回りに鉄のブロックなどで遮蔽壁を作ることになります。この壁を作るのに適した鉄に「陸奥鉄」があります。
「陸奥」は第二次世界大戦時の日本海軍の戦艦の名前です。瀬戸内海で謎の爆発を起こし沈没しました。その戦艦を作っていた鉄を「陸奥鉄」と呼びます。環境放射能の遮蔽材として大変優れているのだそうです。というよりは、最近の鉄は遮蔽材として使えないという方が正しいのかも知れません。
 最近の溶鉱炉は壁に放射性物質(60Co)を埋め込んであるのだそうです。溶鉱炉の壁がうすくなって壊れれば大きな被害が出ます。放射能によって壁の厚さをモニターしているのだそうです。そのため、最近作られる鉄鋼は放射能を帯びていて、環境放射能を遮蔽するどころか、自分から放射能を出すのだそうです。そのために、放射性物質を含まない戦前の鉄が遮蔽材として珍重され、沈没した軍艦からきりとって売り捌くということになるのだそうです。
陸奥記念館のホームページに陸奥の沈没に関して、また、陸奥鉄に関して記事が載っています。  


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