Morgan(1972)の仮説
ハワイ諸島の最南端には現在も活発に活動するキラウエア火山と更に南の海面下にあるロイヒ海底火山を持つハワイ島があり、この島から北西にのびる島の列はハワイ島から離れるに従って島が作られた年代が古くなっている。ハワイ諸島の北西には環礁や海山が繋がるハワイ海山列が日付変更線を越えた東経170°付近まで続く。この付近で海山列は北に方向を変えてカムチャツカ半島の付け根付近まで続く。この部分の海山列は天皇海山群と呼ばれ、明治海山、神武海山、桓武海山などの名前が付けられている。これらの海山はひとまとめにして「ハワイ−天皇海山列」とよばれる。海山の年代もハワイ島から離れるに従って古くなっており、天皇海山の南端の桓武海山で4000万年程度、この海山列の北端にある明治海山で7000万年程度の年代を示す。これらの海山は太平洋プレートがハワイのホットスポットの上を通り過ぎていった痕と考えられている。天皇海山群がほぼ南北に並んでいるのは、4000万年より以前は太平洋プレートがほぼ北に向かって動いていたことを意味している。それ以降は北西に向けて動いていることになる。
モルガン(1972)は太平洋の中にハワイ−天皇海山列にほぼ平行な、ライン−ツアモツ、マーシャル−ギルバート−ガンビールの島・海山列があることを認め、その成因として、太平洋の海底下のマントルに固定された3つのホットスポットの上を太平洋プレートが動いて行けば、3本の平行な軌跡が描かれると提案した。この場合、どの海山列においても方向変換する年代は4000万年になるはずであるが、後の年代研究ではこのような簡単なモデルは成り立たないことが分かった。ホットスポットからの距離と海山の年代の間にハワイ-天皇海山群が示すようなきれいな直線関係が描ける海山群は他に存在していない。